印伝

Life with INDENstory vol.10

小幡 彩貴Saki Obata山梨県甲府市在住
イラストレーター、
グラフィックデザイナー

山梨県甲府市在住
イラストレーター、
グラフィックデザイナー

山梨県甲府市在住
イラストレーター、
グラフィックデザイナー

自分の気持ちに嘘はつけない。私にはやっぱり絵なんだ。

モノクロの色使いと太い実線。きわめてシンプルな要素で描かれているのに、その人物や風景からは情緒が滲み出ている。そんな台詞や注釈がなくても心の機微が伝わってくる独特なイラストは、日本国内のメディアはもとより、イギリスの世界的な雑誌『MONOCLE』からもオファーが届くほど。「本当に私なんぞでいいのかって…」と戸惑うのは作者の小幡彩貴さん。なんと彼女は甲府市で暮らしています。

幼い頃から絵を描くことが好きだった小幡さん。意識的に絵を描き始めた入口は祖母が買ってくれた漫画『トゥインクル・きゃっと』でした。「いちやまマートで買ってくれたのを今でも憶えています(笑)。小学校の図画工作の授業では、人物の絵がどうしても漫画のキャラのようになってしまって、よく先生に注意されましたね」

中学、高校と進んでいくと“進路”という言葉に敏感になっていきますが、小幡さんには明確な将来像はありませんでした。「夢とか聞かれると困るんだよなあって。むしろ他の人はどうして明確な目標があるのか不思議でした。本当は美術系の学校に進学したかったけど、絵を描くことが勉強に含まれないような空気があって、なかなか言い出せなくて。だから、とりあえず都内の女子大に進学しました」。

なんとなくインテリア方面かもしれない。はっきりしないまま決めた進路が違うと気づいたのは入学してから半年後のこと。「私にはやっぱり絵なんだ」。自分の気持ちに嘘はつけませんでした。

荷物も持たずに
付いて行っちゃえ。

大学を中退した小幡さんは、日本初のデザイン専門学校である桑沢デザイン研究所に入学します。2年生で専門分野としてグラフィックデザインを選ぶと、最終年次の3年生になると業界を広告に絞っていきます。当時はグラフィックデザイナーの憧れの的が広告に集まっていた時代。森本千絵さん、野田凪さんなどが注目されていた時期でもあり、彼女も女性クリエイターたちの影響を受けて、絵を描くことよりもビジュアルをデザインすることに惹かれていくのも納得できます。

ところが周りの環境に流されやすいのか、3年生の夏までは就職活動を続けていたものの、友人たちの“もういいや”というムードに呑まれてしまいます。「仕送りがストップして、実家暮らしをせざるを得なくなって(苦笑)。高校の時には考えられない状況でしたけど、結果的にそれで良かったんです」

卒業して甲府に戻ると、しばらくはアルバイト暮らし。再び小幡さんの就活スイッチがオンになったのは突然のことでした。「お付き合いしていた彼(現在の旦那様)が東京から山梨に帰ってきていて。駅までただ見送りに行くつもりだったのに、荷物も持たずに付いて行っちゃえって。そのまま東京で就活を始めて、ナノナノグラフィックスというデザイン事務所でグラフィックデザイナーとして働くことになりました」

想像を遥かに超える毎日のなか、
ひたすら絵を描き続ける。

ナノナノグラフィックスではエディトリアルデザインを主に担当。それと同時に、職場から帰宅して寝るまでの1時間を活用して取り組んできたことがあります。それは絵を描くことです。「今の作風が形になってきて、仕事を辞める半年前くらいから、やっぱり絵もいいなと思い始めたんです。その時は主に帰り道の風景から描きたいものを見つけていましたね。なので、朝の爽やかな感じよりも夜の静まりかえった風景が多かったかもしれません」

漫画が原体験にある小幡さんは漫画用のGペンや原稿用紙を揃え、モノクロで太い実線のイラストレーターの代表格であるNoritakeさんや、ミスタードーナツのイラストを描き下ろしていた原田治さんなどに影響されながら自身の作風を確立していきます。自分らしさを表す上でもっとも意識しているのは行間の描写。直接表現されていないのに登場人物の心情が気になる作風はある日突然、大きな注目を集めることになります。「Tumblrにアップした『今年の桜は雨の記憶となるでしょう』という絵をきっかけに、“like”の通知が止まらなくなって怖くなりました…(笑)」。

Instagramにも作品を投稿するようになると、思いもしなかったInstagram経由で仕事のオファーが届くように。想像を遥かに超える毎日のなかで、小幡さんはひたすら絵を描き続けています。「個人制作よりも仕事に重きが置かれてきたけど、今は声をかけてもらえるのがありがたいので、とにかく一生懸命やろうと決めていて。まだイラストレーターという自覚がピンときていないので、イラストレーターとは何かを考えていきながら、いつかはまた個人制作に取り組みたいです」

いつかは漫画を描きたい。

2015年2月、小幡さんは結婚と同時に住まいを甲府に移しました。彼女の個人作品は、四季をテーマに普段の生活のなかで感じたままに描くというスタイル。山梨は、夏は暑く冬は雪が降りますが、四季の移り変わりがわかりやすい地元での生活は、自身の絵に自然な変化をもたらしています。「今は家の近くの山とかが絵に表れています。電車の代わりに自転車に乗っている絵が増えましたね」

小幡さんが四季をテーマに選ぶように、印伝の柄も四季や自然をモチーフにしています。彼女が愛用している亀甲模様のパスケースは2010年からの付き合い。ふと「印伝がほしい!」と思い立ち、印傳屋の本店に足を運んだのだとか。「旦那さんと本店まで見に行ったら、プレゼントしてくれたんです。パスケースには東京時代に使っていたPASMOが今も印字されたまま入っています。県外で山梨出身の人と知り合うと印伝を持っていることが多くて、それだけで通じ合えるんですよ。やっぱり故郷のものには愛着が湧きますね。印伝を持っていると、自分はものの価値がわかるんだぞって誇らしくなります」

印伝の柄は2色以内で描かれることがほとんど。色数が少ないという点も、小幡さんの作風と大きな部分で共通しているのかもしれません。「『DAWN』という個展では2色の作品も発表しましたが、フルカラーとはまた違ったところで表現していきたいですね。いつかはやっぱり漫画を描きたいです。台詞無し、単純なシーンの切り替えだけで成立できたらなって」

小幡 彩貴Saki Obata

2009年桑沢デザイン研究所総合デザイン学科卒業。2010年から2014年まで有限会社ナノナノグラフィックスにてグラフィックデザイナーとして勤務後、フリーランスのイラストレーター・グラフィックデザイナーとして活動中。『NHK Enjoy Simple English Readers Short Stories』(NHK出版)、『最後はなぜかうまくいくイタリア人』(日本経済新聞出版社)などの装画・挿絵、その他雑誌・書籍・ウェブサイトなどでもイラスト・デザインを手掛けている。個人作品では季節をテーマにしたイラストを発表。作品集『季節の記録 - Records of the Seasons』が発売されている。

OBATASAKI
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