甲州印伝をたずさえて
甲州印伝をたずさえて NODO 二川伊料理店*
古くから人々の身の回りの品々をおさめるために使われてきた甲州印伝。時代によって生活様式やトレンドが変化するなかで、形状が変わったり、新しい用途に対応するものを作ったりと、つねに甲州印伝はアップデートを繰り返してきました。この読みものは、現代のライフスタイルにあわせた甲州印伝のスタイリングを、季節のお出かけ先とあわせてご提案するものです。第1回目は印傳屋のルーツである山梨県甲府市にて、イタリアンレストラン「NODO」を訪れました。
安政2年建築の古民家をリノベーションしたレストラン
甲府市の南に含まれる大津町。笛吹川や中央自動車道に近いこの地域は大型なコンベンション施設がありながらも、所々に田畑が見られるなど穏やかな時間が流れています。そんなまさに郊外という言葉が当てはまる大津町に、多くの人々がわざわざ足を運ぶスポットがあります。2017年10月17日にオープンしたイタリアンレストラン「NODO 二川伊料理店」(以下NODO)です。
つい先日にオープン1周年を迎えたばかりのNODOですが、雑誌を中心に紹介されるなど、早々と話題のお店として大きな注目を集めてきました。オーナーシェフの秋山亮平さんが振る舞うイタリアの郷土料理をベースにした独創的な味覚はもちろんですが、料理雑誌だけでなく建築雑誌の表紙を飾ることも。というのも、NODOは古民家をリノベーションしたレストランですが、なんと建物自体は1855年(安政2年)に建てられたものなのです。
元々古いものが好きという秋山さん。ヴィンテージやアンティークの世界に魅了されたのは、20代半ばの頃に料理修行で滞在したイタリアでの生活が大きかったといいます。
「イタリアでの修行時代に意識していたのは現地の生活に馴染むこと、つまり衣食住の文化を意識することでした。イタリアとヨーロッパの大きな違いは建築にあると思っていて。イタリアでは何百年も続く旧建築を修復しながら使っています。一般の住居でも400年くらいの歴史があったりしますし、街全体を直しながら使っていくという文化にとても感銘を受けたんですね。それで日本に帰ってからも日本人らしく同じようなことをしていきたいなと思いました」
日本では壊しては建てる、いわゆるスクラップアンドビルドが当たり前のように行われています。しかし最近では、ひとつのモノを長く使い続ける美学が浸透し、建物ではリノベーションを通じて、元ある建築の良さを活かしながら新たな命を吹き込む価値観が注目されています。
秋山さんは旧建築が日常にあふれるヨーロッパの街並みを肌で感じてきました。だからこそ、自身のお店には古民家がふさわしく、古材や古家具をふんだんに取り入れた空間にしたいと考えたのです。建物の天井板を床板に活用するなど、できるだけ捨てるものを少なくして再利用。イタリアでの経験が時を経て、甲府を舞台にして実を結んでいます。
「僕はヨーロッパ料理を生業としていますが、料理以外にできることとして、この場所を通じて日本の文化を残していきながら、次世代の子どもたちからも興味が湧くようなお店をつくっていきたいですね」
古き良き日本の伝統とこの場所の歴史を紡いでいく
NODOの店名に含まれる「二川」(ふたがわ)とは、大津町周辺がかつて旧二川村という地域だったことに由来します。秋山さんは「古き良き日本の伝統や場所の歴史を紡いでいくという意味を込めて、サブタイトルのような意味合いで付けました」と、由来を教えてくれました。
ちなみにNODOという名前はイタリア語。「絆・繋ぐ」という意味合いがあり、秋山さんは「僕はいろいろな人たちに助けられてきました」と話します。
「僕が山梨から東京に出て、そこから京都やイタリアで修行していたときも、公私ともに本当に人に恵まれてきました。だからこそ、僕が将来お店を開くとなったら、自分が誰かのためにその役目を果たしていきたいという思いがあったんですね。ちなみに、NODOには“農”と“土”という意味もあるんです。この近くには農家さんもいますし、自分がイタリアの郷土料理をやってきたので、一歩一歩しっかりと踏みしめて末永くやっていけるようにという想いも込めています」
自分自身の歴史と隣りあわせであるように、料理には地元の食材をできるだけ使うこと、器はできるだけ量産されたものではなく、一つひとつ手づくりの温かさが伝わるものを選ぶことを約束しています。
「山梨でもいろいろな地域で美味しい野菜を作っている農家さんがいますが、僕は甲府の南にある大津町でお店をやっているので、なるべく周辺の生産者さんの食材を取り入れて、その時期にしか採れないもので料理をすることを心がけています」
地元食材と作家による器といった手づくりの温度を感じるものにこだわりながら、実りの秋が深まってきた11月にはどのような料理を振る舞うのでしょうか。美しいひと皿の盛り付けからは緻密なメニューが考案されているにちがいないと感じますが、秋山さんから出てきたのは意外な言葉でした。
「実はメニューの予定は先々から立てないんです。その時期にあるもので、自分で合うものを考えて料理しています。できるだけ身近なものをどう面白く、美味しく、意外性のある調理ができるのか。そこにこだわっています。食材に関しては特に垣根はありません。特別高価なものを使うといったことはまったくないですし、こうあるべきだという料理をできるだけなくすよう心がけています」
実り深まる秋に甲州印伝を
その時々につくりたいものを振る舞うという料理のスタイルを踏まえたうえで、秋山さんはNODOを訪れる人々にどのように過ごしてほしいと考えているのでしょうか。
「深く考えさせる料理というのは僕には向いていないのかもしれません。肉や魚、野菜を素直に美味しく食べていただけるのがベストですね。美味しい料理があって、お話をしながらいい時間が過ごせた。そう思っていただけるように心がけています。料理だけでなく、空間と雰囲気も楽しんで、自分の家に帰ってきた感じでゆっくりと過ごしていただきたいです」
ところで、NODOの店内席とテラス席、そのすべてからはさまざまな植物が生けられた庭の景色を眺めることができます。あらゆる場所から緑が見えることは秋山さんがもっとも大事にしていたポイント。春は桜、秋は蜻蛉(とんぼ)、冬は椿と、NODOの庭には印伝と所縁のあるモチーフが現れます。またNODOがある大津町からは富士山を眺めることも。ぜひ食事とあわせて季節の移ろいも味わってみてください。